~野球人に生まれて~

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昨今の野球界における球速向上について ~速い球を投げるには~ 〈後編〉

 前編では、並進運動(踏み出し、重心移動、ストライドとも)において軸足股関節に求められる動きについて述べました。投球方向へ出ていく際に、軸足股関節をお尻の方向へ引き込むように使うことで「ヒップファースト」の体勢を整え、投球方向へバランス解除を行うことで勢いよく踏み出していくというものでした。

 

 また、軸足股関節をお尻方向へ引き込む動きを並進運動の起点とすることで、結果的に「後ろ歩き」に近い股関節の動きを実現します。「前歩き」や「横歩き」ではなく、「後ろ歩き」に近いストライドを行うことは、勢いよく且つできる限り遠くへ腰を投球方向へ移動させることを実現し、最大限の「並進エネルギー」を獲得します。この「並進エネルギー」はいわば前への慣性力であり、これが大きければ大きいほど、その後の回転エネルギーも大きくなります。

 

 また、軸足股関節をお尻方向に引き込んで「後ろ歩き」に近い並進運動を行うことは、大きな「並進エネルギー」を獲得する他にもう一つ大きな目的があります。並進運動で踏出し足が着地した後は、踏出し足股関節を軸にして骨盤を回転させ、ほぼ同時に非投球腕の肩甲骨の内転を起点に上体も回転させることで投球腕の肩と上腕骨を投球方向へ引き出してきます。この回転運動を最大限効果的に行うためには、着地時に骨盤と上体を可能な限り3塁側(右投手の場合)を向かせたままにしておかなければなりません。着地時に骨盤と上体が投球方向を向いてしまっていると、その後の回転運動において”回りしろ”が無くなってしまうからです。これがいわゆる「開きが早い」状態となります。並進運動において軸足股関節をお尻方向に引き込んで使うことは、骨盤を3塁側(右投手の場合)を向いたまま着地させることに貢献します。

 

 要するに「前歩き」や「横歩き」に近いストライドをすると骨盤が早く投球方向を向いてしまい、「後ろ歩き」に近いストライドをすることで、骨盤は3塁側(右投手の場合)を向いたまま着地できるという単純な話です。実際は、着地の瞬間は踏出し足の内転筋に引っ張られて多少骨盤は投球方向を向いてしまうのですが、できる限りそれを遅らせる股関節の動かし方が大切ということです。

 

 まとめると、踏出し足を上げた後は、軸足股関節をお尻方向に引き込む動きを起点に投球方向へバランス安定状態の解除を行うことで、「ヒップファースト」の体勢を整え、投球方向へ勢いよく腰を移動させていき、最大限の「並進エネルギー」獲得と、着地時に骨盤が投球方向を完全には向かない「開いていない」着地を実現させる、となります。

 

 ここまで並進運動における下半身の動きを中心に話をしてきました。では、「体全体を効果的に使った投球動作」では、上半身にはどのような動きが求められるのでしょうか。

 

 着地時点では、投球腕の上腕骨を両肩のラインまで引き上げてきます。いわゆるテークバックからトップまでの体勢を整えるということです。ここで大切なのは、投球腕の上腕骨を両肩のラインまで引き上げてくることと、投球腕の肩甲骨を内転させて投球腕上腕骨を背中側に引き込んだ状態でトップを形成することで、上体と投球腕を一体化させて使う準備をすることです。

 

 よくテークバックでは「背中側に投球腕を入れるな」と言われることがありますが、これは投球腕の上腕骨が両肩のラインまで引きあがってこず、上腕骨の高さが不十分な選手になされる指導です。問題はトップで投球腕上腕骨の高さが不十分な点であり、テークバックで投球腕が背中側に入ることではありません。むしろ、トップでは投球腕の肩甲骨を内転させて上腕骨を背中側に引き入れる体勢を整えないと、投球腕と上体を一体化させて使うことができなくなるため、体幹の回転とは無関係に腕を振ることになってしまいます。

 

 話を戻すと、踏出し足の着地までは非投球腕の肩甲骨を外転させて(非投球腕の胸郭をすぼめて)上体の開きを抑えていた状態から、着地で踏出し足股関節を軸とした骨盤の回転が始まるとほぼ同時に非投球腕の肩甲骨を内転させて(胸郭を開いて)上体の回転を開始します。

 

 この非投球腕側の肩甲骨を内転させて(胸郭を開いて)いく動きを起点として上体の回転をスタートさせることは、「体全身を効果的に使って投げる動作」を実現する上で非常に重要なポイントです。なぜなら、上体の回転を非投球腕側肩甲骨の内転によるリードで開始することによって、投球腕の肩と上腕骨が上体の回転に遅れて投球方向へ一直線に引き出されてくる動きが実現し、最大速度でボールを持つ手(先端)が「振られる」動きとなるからです。

 

 逆に言うと、骨盤や上体の回転よりも先に投球腕側の肩や腕が動いて投球方向へ出てしまう動きが、いわゆる「手投げ」となるということです。

 

 骨盤や上体の回転によって投球方向へ一直線に引き出されてくる投球腕側の肩は、慣性力の働きによって強く外旋します。これがいわゆる「腕のしなり」です。この時、肩関節や肩甲骨周りの柔軟性に優れた選手ほど、投球腕側の肩の外旋角度が深くなります。要するに「腕のしなり」が大きく取れることになり、これは球速に有利に働きます。

 

 そして、最後に投球腕側に掛かる強い遠心力の働きによって、投球腕側の上腕骨及び前腕、ボールを持つ手が勢いよく振り出されます。つまり投球腕は、その肩や腕の力のよって「振る」のではなく、骨盤と上体の回転によって生み出される遠心力により自然に「振られる」ものであるということです。

 

 投球動作では、自分の筋力ではなく、いかに慣性力や遠心力、重力などを上手に利用するかでパフォーマンスが全く変わってきます。上記に示した投球動作により、最大限の球速を発揮することが可能となります。

 

P.S. 私の話は全て以下前田健氏著書の「ピッチングメカニズムブック」に基づいています。