~野球人に生まれて~

努力する選手が、才能のある選手と互角に競い合える野球界へ!!

投手のテークバックについて ~アーム投法は間違っているのか~

 オリックスバッファローズの山本由伸投手が、恐らく日本ラストの登板になるであろう2023/11/4(土)の阪神タイガース戦(日本シリーズ第6戦)で、日本シリーズ記録の14奪三振をマークして完投勝利をあげました!

 

 山本投手は160km近いストレートに加え、カットボールSFF、シュートなどのいずれも高次元で多彩な球種を操ります。制球力もNPBトップレベルで、既にメジャーリーグでも十分な活躍が期待できる日本最強投手でしょう。

 

 山本投手の投球メカニックで目を引くのは、右腕のテークバック時に右肘が伸びきった形となっている、いわゆる「アーム投法」です。

 従来、アーム投法は肩やひじを痛めやすいとされ、あまり良い投げ方としては紹介されてきませんでした、実のところ、どうなのでしょうか。

 

 結論を言うと、アーム投法自体は問題ありません。問題があれば、オリックス山本投手や読売ジャイアンツの戸郷翔征投手はここまで活躍できていないでしょう。

 

 テークバック時における投球腕の動きにおいて必要な要素は、投球側上腕骨を両肩のラインまで引き上げてくる動作です。踏み出し足の着地後は、骨盤と上体の回転動作によって投球腕が引き出されてきますので、投球腕がどのように引き上げられてきたかは、その後の腕のスイングに関係ありません。

 

 アーム投法がダメだと言われてきた背景には、アーム投法による投球腕の動きが機械のピッチングマシーンによる動作を連想し、「何となく」ダメだと言われてきたのではないでしょうか。

 

 投手の投球動作は極めて精密なものであり、中でも無意識の動作が大半を占める投球腕の動作に意識を介在させることは、投球全体のバランスを崩すリスクを孕んでいます。そのことを、野球界のアマチュア指導者はよく理解して指導に当たるべきです。

 

 また、投手のテークバック動作で言えば、テークバック時に投球腕が背中側に入り込む動きも良くないとされることがあります。

 この動きに関しても、トップで正しく上腕骨が両肩のラインまで引きあがってきていれば問題ありません。

 さらに言うと、トップでは投球側上腕骨が背中側に引き付けられている必要があります。上腕骨が背中側に引き付けられたトップが形成されて初めて、体幹の回転と一体化した腕のスイングが可能となります。

 

 踏み出し足が着地した瞬間に、投球腕はトップの体勢に入ることが求められます。その際に、投球側の上腕骨が両肩のラインまで引きあげて且つ背中側に引き寄せられたトップを形成すること。これを満たすことのできるテークバックであれば、見た目の形はその後の腕のスイングに何ら影響するものではなく、やりやすい形を追求できる部分です。

 

 テークバックで上腕骨の引き上げが十分にできないメカニックは、肩関節が内旋状態のままテークバックを行っていることに大半の原因があります。肩関節が内旋している状態では、可動域が限られてしまい、十分なテークバックができない原因となります。

 

 ここまで述べたように、大切なのは踏み出し足着地時のトップの形であり、そこに至る過程には個人差の余地があります。テークバックにおいて、投球腕に意識を置いてメカニックを変更する行為は、投球動作における微妙なバランスを大きく崩すリスクを内包します。アマチュア選手を預かる指導者は、その事実を決して軽く見積もるべきではありません。

 

 今回解説したテークバックにおける投球腕の動きに関しては、以下前田健氏著書「ピッチングメカニズムブック」に詳しく記載されています。「ピッチングメカニズムブック」は、野球史に残る名著です。特にアマチュア指導者は、一度必ず読むべきバイブルと言えます。

 

 


 


 

スピードガン以上に速い球・スピードガン程速くない球とは何か? ~球のキレの正体~

 野球を見ていると、「球のキレ」や「伸び」等、スピードガンより速く感じるかどうかという目線のコメントをたまに見かけます。野球をあまり自身でやったことがない人は、いまいちピンとこない表現ではないでしょうか。「スピードガンの客観的な数値が絶対ではないのか?145kmと150kmであれば、150kmの方が早く感じるのは当たり前だろう。」と考えていても不思議ではありません。ただし、大学まで硬式で、いわゆるガチの野球を継続した筆者からすると、スピードガンの数値と実際の打席で感じるスピード感は一致するものでないと感じます。

 

 スピードガンより速く感じる球、いわゆる「キレがある球」とはどのような特徴があるのでしょうか。そのように評される球を投げる投手には、よく言われる特徴としては次の事項があります。

①球の回転数が多い

②球の回転軸が地面と平行に近い

③投球フォームの球の出所が見にくい

④緩急差が利いた配球

⑤リリースの位置が打者寄り

 

 他にもあると思いますが、一旦これらの特徴について解説していきます。

 

 ①球の回転数について、想像がしやすいと思いますが回転数が多いほうが空気抵抗に対抗する力が大きくなりますので、失速しにくくなり、結果として「速く感じる球」ということになります。

 プロ野球投手の平均が1分間に2200回転程ということですが、同じくらいの球速の投手でも、回転数は大きく違うということがあります。基本的に実際の球速が速い投手は回転数は多くなりますので、比較するのは同じ球速帯の投手同士、もしくは球速に比して回転が多いか否かという視点となります。

 リリース時の指のかかり具合などが影響してくる範囲と思いますが、正直天性の部分になると思います。

 

 ②球の回転軸が地面と平行という特徴について、球の回転角度がより垂直なバックスピンに近いか、横に傾いているかということです。こちらは、より垂直なバックスピンに近い(球の回転軸がより地面と平行に近い)方が、空気抵抗に対する対抗力を持ちます。

 阪神タイガースでクローザーとして活躍した藤川球児投手は、回転角度がかなり垂直に近いストレートを投げていました。火の玉ストレートの源泉は、球の回転角度にあったと思います。

 

 ③球の出所が見にくい投球フォームの特徴としてよく言われるのは、「体の開きが遅い」フォームです。打者から胸のマークが中々見えない投球フォームは、打者からすると中々球が見えないところからいきなり飛び出してくる印象を与える為、結果として速く見えるという現象が起こります。

 

 ④緩急が利いた配球については人間の目の錯覚を利用した話ですが、例えば緩いカーブの後にストレートを投げられると、ストレートを継続して投げられた時よりも速く感じることがあります。

 人間には「慣れ」という機能が存在するため、速いストレートでも続けて体験することで段々速く感じなくなる現象が起こります。これが、緩い球を見た後に速い球に対峙すると、緩い球に慣れてしまった分、ストレートがより速く感じることとなります。

 

 ⑤リリースの位置が打者寄りということに関しては、単純により打者寄りの位置でリリースできた方が、打者からするとより速く感じるということになります。同じ100kmのボールでも、18m先のマウンドから投げた時と16mの少年野球のマウンドから投げられた場合では、後者の方が速く感じるのは想像できると思いますが、要はその理屈です。

 

 リリースを打者寄りに持ってくるためには、いわゆる手投げではなく、体幹の回転に腕が引き出されて「振られる」ような効果的な投球メカニックが必要になります。

 

 野球を見ている分には、160kmより162kmの方が速く、よりわくわくするものですが、実際のところスピードガン表示が2km違うだけでは打者本人はそこまで違いを感じていないと思います。

 

 そして、野球にはスピードガン表示による客観的な速さと、打者が感じる主観的な速さの両方が存在することとなりますが、現場でより大事なのは「打者が感じる主観的な速さ」です。投手とは、スピードガンコンテストではなく、打者をアウトにして成り立つポジションですから当たり前と言えば当たり前です。今後野球を見るうえで、参考になれば幸いです。

 

 

 

 

 

菊池雄星投手の躍進について ~トップの重要性~

 先日、米国MLBトロント・ブルージェイズで活躍する菊池雄星投手が、自身初のMLBシーズン10勝を達成しました。私が個人的に応援していた選手なので、非常に嬉しかったです。なぜ、菊池雄星投手を応援しているのか。それは、大変な努力を継続しているということが、非常によく感じる選手の一人だからです。

 

 勿論、ベースボールの世界最高峰であるMLBで継続して活躍する選手たちは、恐らく全員が並外れた鍛錬を継続しています。その中で特に私が応援している菊池選手の場合、トレーニングや投球メカニックに対して独自に勉強を継続していて、理論的にレベルアップしていこうという姿勢が顕著に表れています(と私は感じています)。

 

 今回は、菊池選手の具体的な投球メカニック変遷の一例から、投球動作におけるトップ(テークバック動作の終点となる形)の重要性を説明したいと思います。

 

 菊池選手は2019年からMLBに挑戦し、1年目からシアトル・マリナーズで6勝を記録しました。先発ローテーションの一角として活躍しましたが、日本最強左腕と言われうみを渡った菊池選手としては、やや物足りない成績でした。後でわかったことですが、菊池選手は日本最終年となった2018年(西武ライオンズ在籍時)から、左肩がやや本調子ではなかったようです。その影響で、MLB1年目(2019年)はストレートの平均球速が148.9kmと、菊池選手にしてはやや物足りない数値となっていました。

 

 2019年のパフォーマンスを受けて、菊池選手は投球メカニックの改善に乗り出しました。改善したポイントは、テークバックからトップを形成する際、左上腕骨を引き上げる高さについてメスを入れたようです。

 

 2019年、菊池選手のトップ時における左上腕骨の高さは、両肩のラインより低く高さが足りていない状態でした。トップ時に投球腕の高さが十分に引きあがっていない場合、そこからの腕のスイングでは投球肩の外旋が十分に利かず、いわゆる「腕のしなり」が十分に機能しない状態で腕を振らざるを得なくなります。

 

 「腕のしなり」が十分に機能しない腕のスイングではボールの加速距離が十分に確保できず、「押し出す」ようなスイングになります。当然、スピード・制球・キレ等の項目にとって不利になります。勿論、程度の差はありますが、トップ時に十分に腕が引きあがっていない投手は、プロ野球のレベルでも一定数存在します。理屈的に難しい話ではありませんが、高速且つ複雑な投球動作において、毎球に亘り安定したテークバック動作を継続することは、予想以上に難しいものなのです。

 

 因みに、投球腕をテークバック時に両肩のラインまで引き上げてくるという動きは、オーバースローの投手に限った話ではありません。サイドスローアンダースローの投手においても、同様に必須の動作となります。また、野手のスローイングについても同様です。

 

 前回、別の記事でも解説しましたが、投球においてオーバースローサイドスローなどの腕の高さを決めるのは、テークバック時に腕を上げる高さではなく、踏み出し足着地後の回転運動における回転軸の傾き角度です。テークバック時には、どのようなメカニックにおいても一律に両肩のラインまで投球腕を引き上げる動作が必須であり、着地後に骨盤と上体が斜め上から回転すればオーバースローに、横に回転すればサイドスローに、斜め下から回転すればアンダースローになるという仕組みです。この辺りを正しく理解していない指導者は、全国に多くいます。

 

 2019年に6勝に終わり不完全燃焼となった菊池選手は、投球メカニック改善に乗り出し、テークバック時の投球腕を引き上げる高さを改善したことで、2020年はストレートの平均球速が152.9kmとなり(2019年と比較して4kmもUPしている)、大幅にパフォーマンス向上を果たしました。

 

 2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で短縮シーズンとなりましたが、2021年に自身初のMLBオールスターゲームに出場、2022年には激戦区アメリカンリーグ東部地区の強豪トロント・ブルージェイズへ移籍、そして冒頭に書いた通り2023年に自身初の二桁勝利を達成するなど、着実にステップアップしています。

 

 今回紹介したテークバックにおけるトップの重要性は、以下前田健氏著書により詳細に解説されています。気になる方は一度読んでみてください。

 

 


 


 

松坂大輔投手の投球フォームについて

 本日は、私の子供のころからの大スター、松坂大輔投手の投球フォームについて私なりの見解をまとめたいと思います。

 

 言わずもがなではありますが、松坂大輔投手について軽く紹介します。高校時代には全国屈指の強豪校横浜高校に在籍し、3年時に甲子園春夏連覇を達成。その後、ドラフト1位指名で西武ライオンズに入団。1年目にいきなり最多勝を獲得し、以後ライオンズでの8年間で108勝をあげた「平成の怪物」。2007年に海を渡り、米メジャーリーグの名門ボストン・レッドソックスでも活躍した、2000年代を代表する投手の一人です。

 

 ただし、現役時代の後半(2009年以降)では主に肩・肘などの度重なる怪我に苦しみ、思うような成績を残せないシーズンが目立ってきました。特に肘のトミージョン手術を行ってからは明らかに球速が落ち、変化球の多投やムービングファストボールの使用など、ピッチングスタイルにも変化が見てとれるようになりました。

 

 投球フォームに関しても、20代の頃は正統派のワインドアップで上から投げ下ろす理想的な投球フォームとして紹介されていました。私自身もよく真似をしていましたし、現在ロサンゼルス・エンジェルスで活躍する大谷翔平選手も真似したと言っていましたね。

 

 様々な痛みを経験する中で変化していった投球フォームでしたが、見る者を魅了した松坂投手の投球フォームにはどのような特徴があったのでしょうか。

 

 1999年~2006年までに西武ライオンズで活躍していた頃の松坂投手のストレートは、ホップするような球筋が特徴的でした。松坂投手のストレートは、ボールの回転軸が限りなく地面と水平になっていたことで、あの球筋を実現していました。要するに、限りなく真っすぐに近い回転になっていたということです。ボールの回転軸が地面と水平に近づけば近づくほど、ボールのホップ成分が向上し、より浮き上がって見える球筋となります。

 

 このようなストレートを実現していた松坂投手の投球フォームは、左足が着地してトップが形成されてからの左肩甲骨の内転による左肩のリードが秀逸でした。上体の回転は、リーディングアーム(非投球腕)側の肩甲骨の内転によるリードで、投球腕側の肩や腕が遅れて引き出される動きが大切です。松坂投手の場合、このリーディングアーム側のリードにより左肩を十分に引き下げられていた為、体軸を傾けて骨盤を斜めに回転させ、右肩及び右腕をより真っすぐに投球方向へ引っ張り出してくる動きが秀でていました。

 

 このような左肩のリードによる上体の回転を行えていた為、いわゆる縦回転のスイングを行うことができ、結果として綺麗な縦回転のストレートが投げ込めていました。現役投手で同様のメカニックを有している投手といえば、左右は異なりますが楽天イーグルスで活躍する松井裕樹投手が思い浮かびます。

 

 ただし松坂投手はその後、米国MLBへ移籍しますが、度重なる故障に苦しみます。様々な痛みを経験する中で、投球フォームにも変化が表れてました。年齢を重ねて体が変化したこともあると思いますが、一番の変化は先ほど解説したリーディングアーム側のリードによる上体の回転がスムーズに行われなくなり、上体の回転が横振りになって右肩や右腕が遠回りするようになっていったという点です。

 

 その為、ストレートの回転軸が地面と水平から傾いていってしまい、ホップする球筋が無くなっていったという印象です。

 

 しかしながら、中日ドラゴンズに移籍した2018年に6勝を挙げカムバック賞を受賞した際は、見事にモデルチェンジに成功。カーブやチェンジアップなどの変化球を多投することで緩急を生かし、ストレートもカット気味もしくはツーシーム気味の球筋が増え、打たせて取る技巧派への転身を成功した姿は、やはり見事というべきピッチングでした。

 

 松坂投手が現役後半に故障で苦しんだ原因の一つには、明らかに若いころの酷使があったように感じます。特に、速い球を投げる投手程、その体には負担が掛かってくると考えます。現在の野球界では、球数管理や登板間隔の配慮などが一般的になり、昔ほど酷使される状況ではなくなってきました。

 

 野球界は、体を痛めて泣く泣く野球を断念したという人間が多く、私自身も現在の野球界の風潮には賛成です。子供は「いけるか」と聞けば大抵「いける」と答えます。これからの野球界を担う子供たちを預かる指導者には、その自覚を持って子供たちの体を管理する義務があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨今の野球界における球速向上について ~速い球を投げるには~ 〈補足編〉

 先般、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が自身二度目の165kmをマークしたとのニュースが飛び込んできました!!若干21歳にて溢れる才能!!是非今後も順調に伸びていってほしいですね!!

 

 前回までの記事では速い球を投げる為に必要な「体全身を効果的に使って投げる投球動作」について解説してきました。速い球を投げるには解説してきたような「体全身を効果的に使って投げる投球動作」が必要不可欠ですが、球速を決める要因にはどのような要素があるのでしょうか?

 

 物理的な話をすると、「ボールに加えられるパワー(W 仕事)=距離(S)×力(N)」となります。要するに、可能な限り強い力を長距離に渡って掛け続けられれば、それだけ速い球が投げれるということになります。

 

 「体全身を効果的に使って投げる投球動作」が実現できれば、上体や肩の力ではなく下半身や体幹の力を有効に使って投げることとなるので、自然と大きな力(N)をボールに加えることができます。

 

 一方、距離(S)に関してはどうでしょうか。結論から言うと、距離に関しても「体全身を効果的に使って投げる投球動作」を実現することで、最大限のパフォーマンスを引き出すことになります。ここで言う距離(S)とはボールの加速距離であり、トップの位置からリリースまでにボールが移動する距離のことになります。基本的にこの距離を長く取れる投手程、速い球が投げやすいことになります。

 

 では、ボールの加速距離を長くとるためには、具体的にどのように投げれば良いのでしょうか?

 

 以前の記事での説明では、踏み出し足(右投手なら左足)が投球方向へ着地した際には、胸と骨盤は3塁方向(左投手は1塁方向)を向いていなければいけないと述べました。いわゆる「開いていない」投球動作の実現ということになりますが、なぜこれが重要なのでしょうか。

 

 「体全身を効果的に使って投げる投球動作」では、骨盤と体幹部(上体)の回転によって投球腕が自然と投球方向へ引き出されてくる動作が求められます。なので、踏み出し足が着地した際に骨盤と胸が3塁方向(左投手なら1塁方向)を向いていないと、その後の体幹部の回転に必要な回り代が無くなってしまうからです。

 

 そしてこの「開いていない」投球動作は、ボールの加速距離を長くとるためにも非常に重要です。単純に、踏み出し足が着地したタイミングで骨盤や上体が投球方向を向いていてしまった場合、投球腕のトップの位置が非常に浅くなってしまうため、リリースポイントまでの距離が稼げないからです。

 

 これは、頭が投球方向へ突っ込んだ形の投球動作でも同様です。よく「突っ込んでいるぞ」と指導を受けることがあると思いますが、正確には頭の位置が骨盤よりも投球方向へ動いてしまっている動作を指します。これら、いわゆる「突っ込んだ」投球動作においても、「開きが早い」投球動作と同様にトップが浅くなり、トップからリリースポイントまでの距離が稼げません。

 

 まとめると、「開きが早い」「頭が突っ込んだ」投球動作では、トップからリリースポイントまでの加速距離を稼ぐことができないため、速い球を投げることができないということです。これを回避するには、下半身は「軸足股関節をお尻側に引き込む動作を起点としたヒップファーストの体勢で投球方向へ移動していく」ことが求められ、上半身は「非投球腕側の肩甲骨を外転させて、非投球腕側の肩越しに投球方向を見る体勢のまま踏み出し足着地まで投球方向へ移動する」動きが必要となります。

 

 また、ボールの加速距離を長くとるためには、投球腕側肩の外旋角度の深さも大切な要素となります。いわゆる「腕のしなり」の利いたスイングができるかどうかということです。

 

 球が速い投手の腕の振りは、いわゆる「腕のしなり」が利いたしなやかなスイングだということは、なんとなく見ていれば感じることが多いと思います。物理学的にもそれは理に適っていて、トップの体勢から、骨盤や体幹部(上体)の回転によって遅れて投球腕が引き出されてくることによって、慣性の法則により投球腕や肩には自然と外旋の力が加わります。この時に肩回りの関節の可動域が広い選手は、より深く外旋の角度を取れるため、体幹部の回転が深く進んでいった段階でもギリギリまでボールを後ろ(2塁側)に残しておくことができます。つまり加速距離を限界まで取れるということです。イメージとしては、輪ゴムを最大限まで引っ張ってから離した時の動きに似ています。

 

 ここまで、速い球を投げる為の、トップからリリースポイントまでの加速距離を長くとる投球動作について話をしてきました。私の話は、全て以下に紹介する前田健氏の著書に基づいております。努力する選手が、才能のある選手と互角に競い合える野球界の実現に向けて活動しています。興味がある方は、以下前田健氏著書「ピッチングメカニズムブックメカニズム」もぜひ読んでみてください。


 


 

 

 

昨今の野球界における球速向上について ~速い球を投げるには~ 〈後編〉

 前編では、並進運動(踏み出し、重心移動、ストライドとも)において軸足股関節に求められる動きについて述べました。投球方向へ出ていく際に、軸足股関節をお尻の方向へ引き込むように使うことで「ヒップファースト」の体勢を整え、投球方向へバランス解除を行うことで勢いよく踏み出していくというものでした。

 

 また、軸足股関節をお尻方向へ引き込む動きを並進運動の起点とすることで、結果的に「後ろ歩き」に近い股関節の動きを実現します。「前歩き」や「横歩き」ではなく、「後ろ歩き」に近いストライドを行うことは、勢いよく且つできる限り遠くへ腰を投球方向へ移動させることを実現し、最大限の「並進エネルギー」を獲得します。この「並進エネルギー」はいわば前への慣性力であり、これが大きければ大きいほど、その後の回転エネルギーも大きくなります。

 

 また、軸足股関節をお尻方向に引き込んで「後ろ歩き」に近い並進運動を行うことは、大きな「並進エネルギー」を獲得する他にもう一つ大きな目的があります。並進運動で踏出し足が着地した後は、踏出し足股関節を軸にして骨盤を回転させ、ほぼ同時に非投球腕の肩甲骨の内転を起点に上体も回転させることで投球腕の肩と上腕骨を投球方向へ引き出してきます。この回転運動を最大限効果的に行うためには、着地時に骨盤と上体を可能な限り3塁側(右投手の場合)を向かせたままにしておかなければなりません。着地時に骨盤と上体が投球方向を向いてしまっていると、その後の回転運動において”回りしろ”が無くなってしまうからです。これがいわゆる「開きが早い」状態となります。並進運動において軸足股関節をお尻方向に引き込んで使うことは、骨盤を3塁側(右投手の場合)を向いたまま着地させることに貢献します。

 

 要するに「前歩き」や「横歩き」に近いストライドをすると骨盤が早く投球方向を向いてしまい、「後ろ歩き」に近いストライドをすることで、骨盤は3塁側(右投手の場合)を向いたまま着地できるという単純な話です。実際は、着地の瞬間は踏出し足の内転筋に引っ張られて多少骨盤は投球方向を向いてしまうのですが、できる限りそれを遅らせる股関節の動かし方が大切ということです。

 

 まとめると、踏出し足を上げた後は、軸足股関節をお尻方向に引き込む動きを起点に投球方向へバランス安定状態の解除を行うことで、「ヒップファースト」の体勢を整え、投球方向へ勢いよく腰を移動させていき、最大限の「並進エネルギー」獲得と、着地時に骨盤が投球方向を完全には向かない「開いていない」着地を実現させる、となります。

 

 ここまで並進運動における下半身の動きを中心に話をしてきました。では、「体全体を効果的に使った投球動作」では、上半身にはどのような動きが求められるのでしょうか。

 

 着地時点では、投球腕の上腕骨を両肩のラインまで引き上げてきます。いわゆるテークバックからトップまでの体勢を整えるということです。ここで大切なのは、投球腕の上腕骨を両肩のラインまで引き上げてくることと、投球腕の肩甲骨を内転させて投球腕上腕骨を背中側に引き込んだ状態でトップを形成することで、上体と投球腕を一体化させて使う準備をすることです。

 

 よくテークバックでは「背中側に投球腕を入れるな」と言われることがありますが、これは投球腕の上腕骨が両肩のラインまで引きあがってこず、上腕骨の高さが不十分な選手になされる指導です。問題はトップで投球腕上腕骨の高さが不十分な点であり、テークバックで投球腕が背中側に入ることではありません。むしろ、トップでは投球腕の肩甲骨を内転させて上腕骨を背中側に引き入れる体勢を整えないと、投球腕と上体を一体化させて使うことができなくなるため、体幹の回転とは無関係に腕を振ることになってしまいます。

 

 話を戻すと、踏出し足の着地までは非投球腕の肩甲骨を外転させて(非投球腕の胸郭をすぼめて)上体の開きを抑えていた状態から、着地で踏出し足股関節を軸とした骨盤の回転が始まるとほぼ同時に非投球腕の肩甲骨を内転させて(胸郭を開いて)上体の回転を開始します。

 

 この非投球腕側の肩甲骨を内転させて(胸郭を開いて)いく動きを起点として上体の回転をスタートさせることは、「体全身を効果的に使って投げる動作」を実現する上で非常に重要なポイントです。なぜなら、上体の回転を非投球腕側肩甲骨の内転によるリードで開始することによって、投球腕の肩と上腕骨が上体の回転に遅れて投球方向へ一直線に引き出されてくる動きが実現し、最大速度でボールを持つ手(先端)が「振られる」動きとなるからです。

 

 逆に言うと、骨盤や上体の回転よりも先に投球腕側の肩や腕が動いて投球方向へ出てしまう動きが、いわゆる「手投げ」となるということです。

 

 骨盤や上体の回転によって投球方向へ一直線に引き出されてくる投球腕側の肩は、慣性力の働きによって強く外旋します。これがいわゆる「腕のしなり」です。この時、肩関節や肩甲骨周りの柔軟性に優れた選手ほど、投球腕側の肩の外旋角度が深くなります。要するに「腕のしなり」が大きく取れることになり、これは球速に有利に働きます。

 

 そして、最後に投球腕側に掛かる強い遠心力の働きによって、投球腕側の上腕骨及び前腕、ボールを持つ手が勢いよく振り出されます。つまり投球腕は、その肩や腕の力のよって「振る」のではなく、骨盤と上体の回転によって生み出される遠心力により自然に「振られる」ものであるということです。

 

 投球動作では、自分の筋力ではなく、いかに慣性力や遠心力、重力などを上手に利用するかでパフォーマンスが全く変わってきます。上記に示した投球動作により、最大限の球速を発揮することが可能となります。

 

P.S. 私の話は全て以下前田健氏著書の「ピッチングメカニズムブック」に基づいています。


 


 

 

 

 

  

 

 

昨今の野球界における球速向上について ~速い球を投げるには~ 〈前編〉

 本日は、投手の球速について取り上げたいと思います。昨今のプロ野球界では、投手の球速が明らかに全体的に速くなっています。一部のデータでは、2014年と2023年現在を比較して、5km程の平均球速上昇が起きているといいます。

 

 速い球を投げることは、基本的には投手にとってプラスに働きます。速い球は遅い球と比較して、打者にとって見極めの時間が短くなるため、捉えにくくなります。また、速い球を投げられると、打者はバットスイングの振り出しタイミングも早まるため、変化球にタイミングが合いづらくなります。

 

 一方、速い球は遅い球と比較して反発係数が高くなりやすいため、捉えられた際の飛距離が出やすくなります。また、一般的に速い球を投げる投手の腕や肩にはより大きい負担が掛かっていると考えられます。現に、肩やひじを痛めてしまう投手は速球派が多い印象です。

 

 なぜ、ここ最近でプロ野球投手の球速が全体的に引きあがってきているのでしょうか。私は、以下2点の影響が大きいのではないかと考えています。

 

① 科学的なトレーニングの普及や、食事等の栄養摂取効率の改善により体格がよくな

  っていること。

② youtubeなどの動画サービスの普及により、上級者の技術を取り込みやすくなって

  いること。

 

 ①については、どなたでも想像しやすい話になるかと思いますが、科学的な根拠に基づいた食事やトレーニングを積むことで、昨今の日本人選手の体格は徐々に良くなってています。パワー系の競技である野球は、基本的に筋肉量があればあるほど有利と言えます。また、球速や打者の飛距離に関しては、腕や足の長さが長いほうが有利となるため、身長が高いほうが良いといえます(ボールにかかる遠心力は、円の半径すなわち腕の長さに比例するため)。

 

 ②については、案外皆さんも見落としがちのポイントかと思いますが、youtubeなどの動画サービスの普及は、スポーツ界にとっても非常に大きな改革であったと考えています。

 

 基本的にスポーツにおける技術は、言葉や文字で伝えるより、視覚に訴えたほうが遥かにイメージが残りやすいことは明白です。昔は上手い選手のプレーを目に焼き付けるか、ビデオカメラなどで撮影するしかありませんでしたが、今はyoutubeで、有名選手の技術を繰り返し何度も無料で見ることができます。

 

 では、速い球を投げられる投球メカニックとは、一体どのようなものなのでしょうか。

 

 まず投球メカニックを大きく2フェーズに分けて考えると、1.並進運動(重心移動、ストライドとも)と、2.回転運動(腕のスイングとも)となります。並進運動は、踏み出し足を上げてから着地するまでで、回転運動は着地からフォロースルーまでをいいます。

 

 並進運動において成し遂げたい目的は、投球方向への慣性力の獲得です。すなわち、できる限り勢いよく且つ遠くへ重心を移動させることができれば、球速にとって有利になります。

 

 人間の体の重心は大体骨盤辺りであることを考えると、並進運動における目指す動きの一つは、いかに骨盤ひいては腰を「勢いよく、遠くへ移動させることができるか」になります。

 

 では具体的にはどのようにして、並進運動を行っていけば良いのでしょうか。

 

 よく指導の現場では、踏み出し足を上げた時のバランスについて議論されることが多いですが、足を上げて立った後は勢いよく前へ移動していかなければいけないわけですから、大事なのは足を上げてバランスを取ることよりも、その後にどうバランス安定状態を解除していくかとなります。ここで重要なのは、軸足(右投手なら右足)の股関節の動きです。

 

 野球選手なら一度は耳にしたことがある指導の一つに「股関節が大事」というものがあります。しかし、具体的に股関節のどのような動きが大切で、それは何をしたらできるようになるのかについて、詳細に理解している指導者はそれほど多くありません。股関節が投球動作の中でどのような動きが求められてるのかが分からなければ、練習の中でいくらストレッチなどを行って可動域が広がったところで、投球動作の中で上手く使えるようになるかどうかとは関係が無くなってしまいます。

 

 軸足一本で立った後は、軸足股関節をお尻側に引き込んでいくように使います。こう使うことによって、横から投球動作を見た場合に「ヒップファースト」の動作となります。「ヒップファースト」となることによって、重心が投球方向へバランス解除状態となり、勢いよく腰を移動させていくことが可能となります。

 

 また、軸足股関節をお尻側に引き込んでいく動きを並進運動の起点とすることで、着地するまでに軸足が投球方向へ完全に伸び切らせることができます。いうまでもなく、重心移動をできる限り遠くまで行いたい場合、最も遠くへ移動させる前提条件は「軸足が伸びきること」となります。

 

 軸足股関節をお尻側に引き込んでいくことで、並進運動では股関節を「前歩き」や「横歩き」ではなく、「後ろ歩き」に近い形で使うことができます。実際は、右足をプレートに平行な形で置いているため、完全な後ろ歩きにはなりませんが、要は効果的な並進運動を行いたいのであれば、できる限り「前歩き」や「横歩き」でなく、「後ろ歩き」に近いステップをすればいいですよという単純な話です。

 

 そしてこの軸足股関節をお尻側に引き込む動作は、着地後の回転運動にも深く関わってくる重要なポイントです。続きは後編で。

 

P.S.

この話をもっと具体的に知りたいという方は是非、前田健氏の「ピッチングメカニズムブックメカニズムブック」を読んでみてください。